【千と千尋】両親が豚になった理由は?冷たいし非常識だと話題

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千と千尋の神隠し

スタジオジブリの代表作「千と千尋の神隠し」には千尋やハクなどの主役を始め、リンや湯婆婆といった個性豊かな脇役たちが続々と登場します。

しかし、千尋の両親に対しては「非常識すぎる」「まさにクズだ」など多くの批判的な意見があります。

醜い豚の姿になってしまいますが、千尋のおかげで人間の姿に戻ることができました。

それにしても宮崎駿監督はなぜこのような描写をしたのでしょうか?

今回は千尋の両親が豚になった理由や千尋に冷たかったわけ、そして豚の姿に隠された時代背景を考察していきます。

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【千と千尋の神隠し】両親の担当声優

千尋のお父さん役は俳優の内藤剛志さん、お母さん役は沢口靖子さんです。

ドラマ「科捜研の女」でも知られる名コンビで、お二人とも長く芸能界で活躍されている名優ですね。

宮崎駿監督は自身の作品で俳優を声優として生かすのが特徴で、ドラマを知らなくてもこの声を知っている人も多いのではないでしょうか。

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両親に対して「クズ」「非常識」「冷たい」の声が多い

さて、千尋の両親に対するSNSでの主な意見です。

これら以外にも「千尋を放っておいて欲のままに動くクズ両親」「千尋はわがままに育てられたんだな」などの両親の育て方まで批判する意見が多く見られました。

高評価が多い「千と千尋の神隠し」で、なぜ千尋の両親にはこのような意見が多いのでしょうか。

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両親が千尋に対して冷たい理由=監督からのメッセージ?

湯婆婆との対比

まず考えられるのは湯婆婆との対比です。

湯婆婆は坊を異常なほど溺愛していますよね。

千尋の両親とはまるで対照的です。

坊がいなくなった際にはハクに対して「私の坊をどこへやった!八つ裂きにされてもいいんかい!」と憤慨していました。

それに対して千尋の両親はどこかドライで、お母さんに至っては「そんなにくっつかないでよ。歩きにくいわ」と千尋を突き放すような態度を取っています。

自分の子どもを溺愛する老婆とほとんど目をやらない若い親という面白い対比があるのが分かります。

いずれにしろ10際の少女に冷淡な態度を取るのは納得がいかない点です。

千尋の両親から見える現代の親子像

千尋の両親は「与えられる」ことはできても「与える」ことには不慣れでした。

無条件に与えられた料理を自分勝手に食べていましたが、実の娘に愛情を与えることはできていなかったように思います。

宮崎駿監督は千尋の両親をこのように描写することで「これはあなたたちのことですよ」と、強い皮肉を与えたかったのではないでしょうか。

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【千と千尋の神隠し】両親が豚になった理由

1.神様の食べ物を勝手に食べた罰

湯婆婆は千尋に「お前の両親はなんだい。お客様の食べ物を豚のように食い散らして。当然の報いさ」と言っています。

確かに店内にはお客様や店長はいなかったので、あの料理は人間ではなく神様へ供える食べ物だったのかもしれません。

つまりあの料理は、迷い込んだ人間への罠だったのです。

千尋の両親は異世界の美味しそうな誘惑にあっさりと負け料理を無心になって食べた結果、豚という醜い姿になったのです。

2.豚=何でも食べてしまう生き物の象徴

豚は雑食でよく肥える体質で富の象徴と言われます。

しかし逆に人間によって家畜化され、最後は「喰らいつくされる」運命なのです。

両親も千尋に助けてもらわなければ、神に喰われるという残酷な結末を迎えていたのかもしれません。

3. バブル時代のメタファー

「千と千尋の神隠し」が公開された2001年は、90年代の超高度経済成長期であるバブル時代が終わり「失われた10年」と評されたほどの経済不況でした。

2001年に10歳の少女の物語を制作するということは、おそらく千尋の両親はバブル時代の恩恵を最も受けた世代なのではないでしょうか。

お父さんの「カードも財布も持ってるし」というセリフから分かるように、懐は常に温まっていたのでしょう。

バブル期の甘汁を吸い続け醜い豚の姿になっても、千尋の両親はずっと料理を食い散らかしていましたよね。

苦労せずに資産も食料も手に入った時代に育ったのですから、「与えられる」ことに抵抗を感じなかったのではと考えられます。

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両親が豚になるとき食べていた料理について

千尋たちが迷い込んだのは神々の世界です。

現実とは違う世界なので、作中に出てくる料理は現実には存在せずこの世界だけの料理ではないかという声がSNSやファンの中で考察が広がっています。

無人の店内にひっそりと置かれた料理には、どこか不気味な感覚を覚えましたよね。

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千尋が豚小屋で「千尋」と名乗らなかったのはなぜ?

千尋がハクと一緒に豚小屋に行き「お父さん、お母さん、私よ、千よ!」と言いかけるシーンがあります。

千尋はここではなぜか本名ではなく千と言っていますね。

この頃千尋はまだ湯婆婆との契約で千という名前で働いていました。

どうして実の両親との再会で本名を言わなかったのでしょうか?

おそらくこれは湯婆婆の契約が強かったせいです。

湯婆婆との対決に勝てなければ、千として彷徨ったまま現実世界には戻れなかったかもしれません。

さらに湯婆婆の契約書にサインする時には、千尋は自分の名前を書き間違えています。

おそらく書き間違えたから、後半自分の名前を思い出せたのではないのでしょうか。

さらに千尋は「千になりかけていた」と言っているので、いかに湯婆婆の魔力や契約書の力が強いかが分かるシーンです。

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他の豚たち=もともとは人間だった?

千尋の両親は神様への食事を勝手に食べて豚になりましたよね。

ということは、千尋が豚小屋で会ったたくさんの豚はすべて罠にはまった人間だったのではと考えられます。

湯婆婆は人の自由や個性を奪い同じ姿にすることで束縛する強欲な人物なので、これまでに無数の人間を豚の姿に変えてきたのかもしれません。

欲に負けると醜い姿になる」というのは、現代に繋がる教訓ですね。

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最後に千尋が豚の両親がいないと言い当てた理由は?

千尋は油屋で湯婆婆と契約を結び、リンや銭婆、カオナシと出会い冒頭とは全くの別人になりました。

何故最後の湯婆婆との対決で「ここに両親はいない」と言い切れたのでしょうか。

「千と千尋の神隠し」の公式ガイドブック『ロマンアルバム』によれば、宮崎駿監督は「これだけ経験を経てきた千尋には両親がいないことが分かる。なぜわかるのか。それが人生ですよ」と答えています。

10際の多感な時期に異世界に迷いこみ強制的に働かされたのですから、そこで得た経験が千尋を強くさせたのでしょう。

まぐれでも魔力でもなく、千尋が油屋で得た経験値と直感で両親がいないことを見抜いたのではないでしょうか。

その理由はこちらの記事で考察していますので、詳しく知りたい方は、ぜひご覧ください。

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知れば知るほど多くの謎や疑問が出る「千と千尋の神隠し」。

宮崎駿監督や鈴木敏夫プロデューサーはあえて明確な回答は避け、考察や想像は視聴者に任せています。

これだけ長く愛される作品なのは、登場シーンが少ないキャラクターでも多くの謎が浮かび上がるからですね。

今回は冒頭と最後に登場する千尋の両親について解説しました。

千尋やハクといった主役のみならず、両親や湯婆婆などの脇役に注目してみると、また新しい発見があるかもしれませんね!

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